あるテレビ番組で桑田真澄さんが「たとえ誤審であっても審判の判定を受け入れるのが高校野球なので、ビデオ判定の導入には反対です」と言っていた。こういう発想に私はちょっと馴染めないが強いて例えると、地震や大雨などの災害で苦しむ人達がいて、その理不尽さに神も仏もいないのかと思うような事があるが、それも受け入れざるを得ない、というような感覚なのだろうか。
スポーツの判定を巡っては、野球だけでなくバレーボールでも不思議に思う事があって、ブロックに飛んだ選手の手にワンタッチがあったかどうか、これも当人なら絶対分かる筈なのに決して自己申告はしない。テニスでラケットをボールがかすめた場合など、誰でも「あ、今触っちゃった」と、たとえ自分に不利な場合でも必ず自己申告するのに。
スポーツ競技における不正と言えば、サッカーでも相手選手のユニフォームを引っ張るなど当たり前にやっている。これも厳格に言えばルール違反なのだろうが、審判にばれない限りやらないのは熱意が足りない、とでも思われているかのようだ。日常生活に例えれば、自動車運転時の軽微なスピード違反に相当するか。強く引っ張り過ぎて相手選手が倒れてしまったりすると、流石にファウルを取られる。スピード違反も30キロ以上になると見逃して貰えないのに似ている。
テニスで不正と紛らわしいものと思われるのはフェイント攻撃で、右に打つと見せかけて左に打つ、強打すると見せかけて弱い球をネット際に落とす、などがある。相手を騙す訳だから日常生活に例えると詐欺まがいに思えるがこれは立派な戦術で、これが上手な選手は名選手と呼ばれる。ワーテルローの戦いでロスチャイルドが大儲けした巨大なフェイントは許容範囲と不正の境界線にあるように見える。