最近あまり映画を観なくなった。かつてはレンタルビデオを借りてまで観たものだが、今では有料チャンネルを契約していながら視たいと思う作品に出会わない。観ていても、どうせ作り物だろう、誰かが頭の中でこねくり回しただけの話だろう、等と言う思いがよぎって身が入らない。どうせ観るなら実際に起きた事件を扱ったドキュメンタリーの方が自分の知識を補完する事にもなるし、誰かと議論する時にも役に立つ。
本も同じで、小説を読んでいて「なんでこんな本を読んでいるのだろう」と思う事が時々ある。状況設定が映画程極端ではないから、ある意味人生の疑似体験という面もあるのだろうが、それでも所詮一人の人間が考えた事に過ぎなくて、やはり実際に生身の人間が命を懸けた事件を記録した歴史物やノンフィクションの方に興味を惹かれる。
そして、小説を読んでいてもそれをドキュメンタリー風に読んでいる自分を発見した。有吉佐和子の「恍惚の人」を読んでいる時、次のような記述に出くわしたのだ。「近頃は年末助け合い運動だって、古着より現金の方が喜ばれるのだ」えっ!この表現の意味する所は、かつては現金より古着の方が喜ばれたという事だ。そんな事があったのか!この本が出版されたのは昭和47年だが舞台設定は戦後間もない頃になっている。物資が不足する中、現金があっても物がなく、寒さをしのぐ古着は重宝されたのか。医療保険制度が整わない当時、嫁が舅の保険を心配したりもする。
映画「めし」でも同じ様な事を感じた。昭和26年の映画。原節子と夫婦役の上原謙が買ったばかりの靴を盗まれる。今時玄関にある靴を盗む奴なんていないだろうが。原節子の同窓会の会費が100円だというのも当時の世相か。映画の中でも流石に「安いわね」と言ってるが。