大河ドラマで「本能寺の変」を見た。でも今回のはちょっと変だった。
まず変だと思ったのは、寝間着姿の信長がたった一人で鎧武者数人を相手に立ち回りを演じている。旧暦の6月の事だからその日もそれなりに暑く、就寝中の信長が浴衣に近い装いでいた事は十分想像できる。その彼を複数の鎧武者が取り囲む。そんな馬鹿な、信長の近習はどこにいたのだ。しかし、ドラマでは信長が孤軍奮闘する。はて、武将とは剣術も達者だったのだろうか。そうは思えない。武将の本分は経営者であり戦略家であるべきで、戦術家の能力すら外注していた事を考えると剣術の腕はそれほど要求されなかったのではないかと思うがどうだろう。どう考えても、無防備な信長がバッタバッタと重装備した敵方をなぎ倒すというのは不自然に思えて仕方なかった。
その信長もついに力尽き、自ら死を選ぶ。自分の死体を敵方に渡すな、とは如何にも彼が考えそうな事であるが、しかし自ら死を選ぶというのはちょっと信長らしくない。最後までわずかな可能性に賭けていたと信じたいが、まあここは譲るとして、そこで作法に則った切腹をするとはどうしても納得できない。
切腹は平安末期から鎌倉初期には既にあったようで、同時代の清水宗治も一定の作法に則った切腹をしているから、戦国時代には既に切腹のプロトコルは完成していたのであろうが、しかし本能寺のあの騒動の中でとてもその手順が踏めたとは思えない。まわりが右往左往する中で、形式的な事が嫌いな信長が、一人のんびりと和服の前を左右に払い、静かに脇差を腹に当てる姿は滑稽にも見えた。
むしろ、自分の遺体を首級を敵方に渡さないためにどういう工夫をして、どういう死に方を選んだのか、その点に関して新しい解釈をして欲しかった。