2016年8月30日火曜日

イギリス

今回イギリスへ行くにあたって是非訪ねたい場所があった。ビートルズゆかりのアビー・ロードで、旅行の最終日集合時間の十二時までの自由時間を利用して行って来た。単に横断歩道を渡るためなのだが、ビートルズファンならその意味を分かっていただけるだろう。
バスと地下鉄を乗り継いで目的の場所に着くと既に三人家族がくだんの横断歩道で盛んに写真を撮っている。四十代半ばと思しきお父さんは特に熱心で何度も横断歩道を往復し、靴を脱いで裸足で渡るシーンもカメラに収めていた。(この意味もビートルズファンなら分かりますよね)僕らが近づくとお互い写真を撮りっこしようよとなり、しまいには僕の提案で僕ら親子と先方の親子の四人で横断歩道を渡ろうということになった。聞けば彼らはニュー・ヨークから来たとの事。互いのメールアドレスを交換し、写真の交換を約束して分かれた。
さて、ホテルからアビー・ロードへ向かう地下鉄の中、ちょうど通勤時間で次々に会社勤めの人が乗り込んで来る。車内ではスマホを見る人、ペーパーバックに目をやる人、様々だが新聞を読む人の手元を見ると全ての人が同じ新聞を読んでいる。「メトロ」と言う名のフリーペーパーでこれがなんと76ページもある立派な新聞だ。紙面の五分の四は広告が占めているが、これではまともな新聞はやってられないだろう。
アビー・ロード最寄の駅のスタンドでビートルズのマグカップを購入した。店員は「ちょっと待て」と言って店を出る。何をするのかと思いきや、外に積まれているフリーペーパーを一部持ってきて、それでカップを包装し始めた。昨日の新聞の取り置きならともかく、新聞関係者の端くれとして「ふざけるな!」と内心思いつつ、勤め人が皆同じ新聞を読むイギリスの将来を憂えたのだった。

2016年8月23日火曜日

2位決定戦

先週末からイギリスを旅行している。こちらでもリオの結果が話題の中心で、BBCは男子トライアスロンで兄弟が金銀のメダルを取ったとか、女子ホッケーで金メダルを取った事等を興奮とともに伝えている。自国選手の活躍が報道の中心になるのはやむを得ないらしく、ネットがなければ高松ペアの金メダルや吉田選手の銀を取っての号泣を知ることはできなかっただろう。
さて錦織選手の銅メダルだが、個人的には出来ればデルポトロと2位決定戦をやって欲しかった。一般にトーナメント戦は「A>BかつB>CならばA>Cである」という推移律が成り立つことを前提としている。しかしどう理屈をこねても「A>BかつC>DかつA>CかつB>D」とう前提からC>Bという結論は出てこない。先ほどの前提から論理的に結論できることはAが一位であることと、D4位であることだ。だから準決勝を勝った二人が戦うのは決勝戦と呼んでも良いが、準決勝に負けた二人が戦うのは3位決定戦ではなく4位決定戦と言うべきだ。勿論場合によっては今の準決勝・決勝のやり方で1位から4位までが決まる事もある。例えば決勝でマレーがデルポトロに負けたのであれば錦織が3位であることを認めざるを得ない。
でも流石に決勝の後に2位決定戦をやるのは興がそがれる。だから提案だが次のようなやり方はどうだろう。4位決定戦に勝った方が別の山から勝ち上がった1or2位候補者と3位決定戦を行う。つまりナダルに勝った錦織がデルポトロと戦って、もしデルポトロが勝てばそこでマレーと決勝戦を戦う。もし錦織が勝てば推移律から自動的にマレーの優勝が決まり錦織が2位になる、という仕組みだ。若干興がそがれるかも知れないが、最後まで関心をつないでかつ論理的に隙のない仕組みだと思うのだが。

2016年8月16日火曜日

実況と録画

オリンピックに甲子園に、連日テレビの前に釘付けになっている。スポーツ中継と言えば実況に越したことはないが、オリンピックのように複数競技が同時に行われたり、現地との時差があったりする場合には一部が録画での放送になることはやむを得ない。この先どうなるか分からない期待と不安でハラハラドキドキしながら見るのと、結果が分かって見るのとでは雲泥の差があるが、どうしても録画が避けられない以上なんらかの工夫がないものだろうか。
録画放送を見ると全て実況での放送がベースになっている。アナウンサーも解説者も生で試合や競技を見て、時に絶叫したり時に落胆したり。臨場感を保つのが目的かも知れないが、これではどうしても実況放送に敵わない。結果が分かって放送する録画だからこそ出来る付加価値があると思うのだ。
例えば試合の流れを変えた場面をクローズアップするような伝え方。スーパープレーだけをかき集めたハイライトシーンのような細切れのものでなく、それと実況との中間で両方の良い点を兼ね備えたやり方があるはずだ。音声は実況放送にオーバーラップさせて専門家の事後的分析を加味した解説を重ね、選手の心理を想像したり、選手の立ち位置や姿勢の微妙な変化に注目したり、大事な場面でのディテール、例えば球の回転とか選手の足の動きをスローモーションで見せたり、そんな分析も交えた録画放送なら素人だけでなく将来を目指す若い選手にも参考になると思うのだ。
実はこの事は囲碁将棋の放送に関して普段感じている事だ。NHKのトーナメントは録画なのに恰も実況のように放送されている。録画を前提に、過去の類似型の紹介や勝負所で別の手を選んでいたらどうなっていたかなどを掘り下げて解説してくれるともっと勉強になるのだが。

2016年8月9日火曜日

愚行権

愚行権という言葉があるらしい。文字通り愚行を行う権利で、ウィキペディアによると「たとえ他の人から『愚かでつむじ曲りの過ちだ』と評価・判断される行為であっても、個人の領域に関する限り邪魔されない自由のこと」。続いて「生命や身体など自分の所有に帰するものは、他者への危害を引き起こさない限りで、たとえその決定の内容が理性的に見て愚行と見なされようとも、対応能力をもつ成人の自己決定に委ねられるべきである、とする主張である。」とも。喫煙や飲酒は明らかに一種の自傷行為であり、謂わば愚行の範疇に入るが、それが禁止されるとアメリカの禁酒法のような不具合も生じる。
スポーツにおけるドーピングに愚行権は主張できないのだろうか。英語辞書でdopeを引くと、まず名詞で「マリファナなどの違法薬物」とあり、次に動詞で「能力向上のために違法薬物を投与すること」という説明がある。が、スポーツの場合マリファナやコカインのような常習性の強い麻薬ではなく、なんらかの覚醒作用や筋力増強作用のある薬物を使うことだろう。犯罪や反社会的行為につながらず他者に害を及ぼさない範囲でなら、仮に命を縮めてもいいから短期的に強靭な肉体を手に入れたいという人が出てきてもおかしくない。
勿論それを使用した人としない人が同じ土俵で競うのは公平とは言えないから別の場を設ける。これから先は半分冗談だが、オリンピック、パラリンピックとは別にドーピンピックというのを作って、そこで薬物を使用した人に思い切り競ってもらったらどうか。そこに出場する選手は皆短命だが、百メートルが八秒台で争われるかも知れない。そうなったらオリンピックを見る人がいなくなるかも知れないから、やっぱりドーピングは駄目かな。

2016年8月2日火曜日

甲子園

先週のビッグニュースといえば何と言っても出雲高校の甲子園出場決定だろう。
たまたま帰省と重なり昼食休みにテレビをつけると大社高校との準決勝をやっていた。今年のチームがそんなに強いとは知らなかったからびっくり。内容を見ると明らかに出雲高校の方が押しており、ここまで来たのがフロックではなかった事が見て取れる。ただ投手の背番号が3だったので、投手力に確たる軸がないのではと危惧された。だが超高校級が引っ張るワンマンチームより、チームワークで勝負する方が高校野球らしくて良い。
優勝したら早速ネットで話題になった。フェイスブックで「おめでとう」のメッセージが流れるのは良いが、メーリングリストではちょっとした異変があった。
出雲高校東京同窓会の幹事役を務める人から「東京同窓会は集金団体ではないので、会をあげての募金などの運動は出来ないと考えています。」とのメールが流れた。真意を測りかねるその内容に早速異議が出た。「確かに集金団体でない事は認めるが、今回は初めての甲子園出場であり、募金したいという人は多いはず。どこへ送って良いのかわからない人も多いだろうから、東京同窓会が機能して募金活動をすべきだ。」というのである。
真相は高野連の規則で電子媒体を利用しての寄付金募集が厳禁されているとの事。関西久徴会でもホームページやフェイスブックで応援の呼びかけの掲載と取り下げが繰り返されたらしい。禁止の目的がどこにあるのかよく分からないが、善意の人がうっかり犯してしまいそうなルールは如何なものか。
それにしても試合開始は午後一時。一番暑い時間帯だ。いくら若いと言っても体にこたえるだろう。朝早くか、夕方日が陰ってからにできないのか。これも高野連のルールで決まっているのかな。