2016年12月13日火曜日

誰が使うんだろう

年の瀬も押し詰まってきた。例年の事ながら本屋や文房具には来年の手帳が並んでいる。買う気もないのに何となく手にとって、新しい工夫でもあればと思ってぱらぱらめくってみるが相も変わらぬ製品ばかり。かく言う私はオリジナルの書式のものをパソコンで手作りして使っている。
それにしても既製品の手帳は必ず巻末に住所録が附録としてついているが、あれは一体誰がつかうんだろうか。手帳の一部として折り込まず、別冊になっているのは邪魔にならないよう買ってすぐ捨ててくださいという意味でもあるまいが。携帯電話の普及もあるし、いまどき手書きの住所録を使っている人は百人に一人も、いや千人に一人もいないではないか。その辺の事情は編集会議では取り上げられないのだろうか。
そんな事を思いながら近くの公立図書館へ行って見たら雑誌の書棚にJRの時刻表が置いてあった。これは一体誰が使うのだろう。かつて時刻表を「読む」事を趣味にしている人物を主人公にした推理小説があったが、そのような人が実際に存在するのだろうか。少なくともどこかへ出かける際に電車の時刻や乗り継ぎの具合を調べるにはネットの検索が一番便利だ。そこに本としての時刻表の出る幕はないように思えるのだが。
昨今の技術革新で生活の様式が大きく変わったが、中でも一番変化の大きい分野が情報に関する分野ではないか。百科事典は軒並み廃刊に追いやられた。電子書籍の出現で出版も苦しい状況に追いやられている。そんな中で健闘している手帳や時刻表には敬意を表するべきなのかも知れない。

そう言えば先日ホームセンターで炭団(タドン)が売られているのを見た。炬燵の恩恵に浴さない掌を温める手段として火鉢が復活しているなら嬉しい事だ。

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