2021年5月18日火曜日

五輪

数年前「お・も・て・な・し」で五輪開催地が東京に決定して国中が歓喜に湧いた時、最近のこの状況を予想した人がいたろうか。今や五輪は完全に招かれざる客になってしまった。

要因は様々あるが「責任と報酬の非対称性」が最も根本的な問題ではないか。一般的には責任が重ければ重いほど成功の暁に得られる報酬も高くなり、責任を負わない者は僅かな報酬に甘んじなければならない。しかし五輪に関しては開催とその成功の責任を一方的に開催地の政府・自治体が負い、その成果として報酬の大部分(放映権収入など)をIOCが享受する。今までは五輪開催が成功すれば沢山の外国人が観客や旅行客として訪れ、開催地の経済を潤したから問題が表面化しなかっただけだ。

テニスの四大大会などは興業の主体がはっきりしていて開催に関する責任と報酬が一体化しているから去年のコロナ禍でも大きな混乱なく意思決定が行われ、全英は中止、他の大会はそれぞれの対策を行った上で開催された。その際ATP(男子プロテニス協会)やWTA(女子テニス協会)がどのような関与をしたのか知らないが、恐らくは責任も権限もない立場で静かに見守ったのではないか。IOCも本当ならATPWTAのように、世俗的利害を離れ、大会の権威を保証するだけの立場に留まるべきなのだと思う。

そもそもIOCは優勝者への賞金を出すわけでもなく(テニスの四大大会では優勝者は約三億円の賞金を得るが、五輪では名誉の象徴としてメダルが授与されるだけ)、大会の安全性に責任を負う訳でもなく、何故多額の収入だけを得るのか。これだけ権威のある大会にまで育てた偉業は認めるが、ならばその報酬は苦労して五輪を育てたクーベルタン男爵の子孫に支払われるべきだろう。ボッタクリ男爵にではなく。

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