2022年9月13日火曜日

鎌倉幕府:トライアングル第783回

 大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を楽しみに見ている。鎌倉時代については司馬遼太郎があまり書いてくれなかったせいもあり知識が殆どなかったが、色々本を読むと大変スリリングな時代だった事が分かる。魑魅魍魎が跋扈する鎌倉の舞台を無事泳ぎ切るのはさぞ大変な事だったろう。そもそも北条氏は三浦氏、千葉氏、比企氏などに比べてうんと弱小な家だったらしいから、その家から頼朝の妻を出したというだけの縁でのし上がっていくのは相当の力量があった証拠だ。

だがそこで思うのは、もし北条義時が戦国時代に生まれていたら、一国を乗っ取り、さらに国を広げていく事が出来ただろうか、という事だ。戦国時代の大名には軍事力の他に国を治め国を富ます経済的センスが求められた。信玄堤による治水や農地開拓、楽市楽座による経済の活性化など。権謀術数に長けているだけでは戦国時代は生き残れない気がする。

そしてまた思うのは、もし頼朝ではなく甲斐源氏や摂津源氏が勝利し、彼等が朝廷との交渉の窓口を担う事になっていたら、鎌倉であれほど激しい主導権争いが起きていただろうか。自分等が天下の中心にいる立場にはなく、ただ従うだけの存在であったなら、仲間同志で殺し合う事までしなくて済んだのではないか。

そしてそして最後に思うのは、もし岸田首相が鎌倉幕府の一員だったらあの権謀術数の海を泳ぎ切れたのだろうか。とても否定的に思える。もしあの人が鎌倉幕府でトップを目指そうものならすぐにも寝首を掻かれただろう。国葬の問題にしろ、コロナの全数把握にしろ、その意思決定と合意形成は余りに稚拙だ。国民の多数が賛同しない国葬への参加を躊躇う外国要人も出るのではないか。イギリスの国葬との対比において日本の恥となるような事のない事を祈る。

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