2026年4月14日火曜日

ラジオ

 この四月からNHKラジオ第二放送がなくなった事を御存知の方はどれ位いらっしゃるだろうか。主に語学番組や教養番組で構成されていたこの局は私のお気に入りでもあったので、それが廃止されたと知った時はとても悲しかった。一つの局がなくなるというのは、例えれば民放のある局が倒産するに等しい事だからもっと話題になっても良さそうなものなのに、特別話題にもならず気付かないうちにそうなってしまった、という事実にも驚く。

chatGPTに「廃止の背景に何があったのか」と質問してみたら「利用が少ないサービスをそのまま維持していいのかという議論がNHK内部で強まっていた」との事。コンテンツの多くがYouTubeなどネットの講座で代替されるようになった事が大きな理由らしい。インターネットの出現で従来型のメディアがより厳しい競争に晒されているのは事実だろう。それでも数多くの民放のラジオ局がどこも潰れる事なく頑張っているのは、余程コアなリスナーを持っているからなのだろう。

テレビと違ってラジオにはナガラで聞けるという利点がある。私のラジオとの接点はお気に入りの番組を録音しておいて、散歩の時に聞く事だった。車を運転する時は、運転に集中したいのでラジオを聞くよりCDで音楽を流す事が殆どだ。第二放送がなくなってラジオとの接点がなくなりそうだ。(幸いいくつかの番組はFM放送に移管されるようだが)

chatGPTがどこまで正しいか知らないが、その解説の続きではNHKは全体としてチャンネル数の整理などスリム化の方針で、ネットで代替できる分野は廃止していく方向だとか。だが、この調子で、もしNHKEテレが廃止されたりしたら、受信料不払いを真剣に検討するだろう。

2026年4月7日火曜日

それをお金で買いますか

 前回は、かつて現金よりも古着の方が有難がられた時代があった事を驚きを持って書いた。しかし、考えて見ればお金より大切な物があるのはとても幸せな事ではないだろうか。

標題の言葉は、白熱教室で知られるマイケル・サンデル教授が昨今の全てをお金で解決しようとする風潮に疑問を投げかける著作の題名である。例えば、親戚の人から夕食の招待を受けて、その料理が美味しかったからと代価の支払いを申し出たら、おそらく怒りを買うであろう。この時、お金は価値あるどころか嫌われ者になっている。その他、お金の功罪について様々な事例の考察が書かれ、お金が万能ではない事が示される。

だが世の中にはお金が万能だと信じている人も少なからずいるらしい。壊れたテープレコーダーのように関税を持ち出す人は、外交問題をお金で解決しようとしている、謂わば正義をお金で買いますかと問いかけているようだ。そういう人達は恐らくは身近な人が愛情を込めて作った食事を感謝の気持ちで味わった事がないのではなかろうか。高給で雇った腕の良い料理人に作らせた食事に舌鼓をうった事はあっても。

こうした金満家が国の運命を左右する立場にいるのは如何なものか。資本主義の国は金持ちが権力を握る弊害があるとして試行された共産主義も、こちらは権力を握った人間が金持ちになる仕組みになってしまった。旧ソ連の中央アジアの国では首相の資産が国のGDPの半分にもなる国もあるとか。その首相は「この国のため最善を尽くす。これからはウソも裏切りも不正もない」と演説するが、本当にそうなら個人に資産が偏る筈がない。

ソクラテスは「貧乏こそ私が潔白である事の証拠だ」と弁明した。トランプ大統領には標題の本を読んで貰いたい。今なら古本屋で100円均一の棚に並んでいる。