2025年3月27日木曜日

猿島坂東観音開帳

 12年に一度の「猿島坂東観音開帳」

が行われているというので5か所の札所を回ってきました。それぞれのお寺の観音様が拝めるのですが、不思議だったのは観音様が五色の糸を持っている事。3番札所の亀形山延命寺吉祥院は11面観世音菩薩が五色の糸を持っている。5色の糸って、阿弥陀様が我々の臨終の際に浄土に導いてくれるものだと思っていた。確かに2番札所の大龍寺亀見山大悲院はご本尊の阿弥陀様が五色の糸を持っていて、それなら分かるけど、観音様も同じなのかなあ・・・・
吉祥院には墓仕舞いをしたお墓が集めてあって、文化五年(1808年)とか寛政元年(1789年)などの文字が見える。200年以上も前のお墓ならまあこうなっても仕方ないけど、新しいものでは大正八年なんてのもあった。それにしても100年以上前だから仕方ないかな。





2025年3月25日火曜日

分からない

 政治の事は良く分からないが、石破さんが新人議員に商品券を渡した件も何が悪いのか良く分からない。

聞くところによると、政治資金規正法第212項「何人も、公職の候補者の政治活動(選挙運動を除く。)に関して寄附(金銭等によるものに限るものとし、政治団体に対するものを除く。)をしてはならない。」に違反する可能性があるというが、はて、政治献金に関しては企業・団体によるものを禁止しようという動きがある事を承知しているが、個人によるものまで禁止されたら政治献金が全く出来なくなってしまうのではないか。個人による寄付が禁止されている意味が分からない。

今回の事件は例えて言えば、ある会社の社長が重要案件の成功を祝って、それに貢献した社員とその家族を慰労し、いくらかの金品を渡したような構図だと思うが、そのどこが悪いのか良く分からない。業務の公私で言えば私に属する部分で行われたもので、おそらく自民党内で慣例として行われて来て、石破さんも単純にそれを踏襲したものだろう。歴代総裁はコメントを求められて「法律に則り適正に対処した」と仰るが如何なものか。家族団らんや祝い事など私的な事まで法律に則り行わなければならないとしたらそれは法治国家ではなく監視国家だ。

商品券を返還した議員の気持ちをどう思うか聞かれて、石破さんはあれこれ苦しい答弁を行った。将来の見通しを聞かれた時には「仮定の質問には答えられません」と一蹴するくせに、他人の気持ちや思いにまで言及するのかも分からない。「当の本人に聞いて下さい」で済ませば良いのに。むしろ仮定の質問にこそ、Aの場合はこう、Bの場合にはこう、と責任を持って対処の用意がある事を示して欲しいが、それを追求しないマスコミの対応も全く理解できない。

2025年3月18日火曜日

常識

 トランプ大統領への批判は色々あるが、先日の施政方針演説を見て、いくらか賛同できる点もあった。その一つが「この国の至るところに常識、安全、楽観主義、富を取り戻すため多くの大統領令に署名した」という下りだった。

トランプさんにこそ常識を問いたいがそれは兎も角、バンス副大統領のEUへの批判も常識から離れた極端な政策が標的らしい。「ドイツの失敗に学べ!」という本にその例が書かれていた。著者はドイツ人と結婚してドイツで暮らす日本人女性で、最近話題になっているらしく市立図書館で予約したら5人待ちの状態だった。EU内部でも当然、常識を取り戻そうという動きはあって、それがAfD(ドイツのための選択肢)という政党への支持につながっているとの事。

テレビから流れてくる情報を鵜呑みにすると、AfDは極右でナチスの再来であるかのような印象を持ってしまうが、決してそんな事はなく、EUのエリート達が「こうでなければならない」と押し付けて来る価値観に対して「いや、そうでない別の選択肢もあるでしょう」と言いたいらしいのだ。

エリート達が押し付ける価値観の例が地球環境問題やLGBTQの権利保護であったりする。そのためにドイツでは電力の供給に問題が生じて国民にしわ寄せが来たり、外見は男性に見える自称女性が女性に混じってボクシングで優勝したりする。LGBTQのためにドイツでは「自己決定法」という法律が新しく成立し、自分の性別は自己申告だけで決定でき、医師の鑑定書が不要になったらしい。ある政党では女性の立候補者を優先するというので今まで男性だった人が女性として立候補した例まであるとか。その他、常識的におかしいと思われる例が沢山列記してある。

どちらの言い分が正しいか知らないが、常識だけは持っていたい。

2025年3月11日火曜日

追従(ついしょう)

 先日某政治学者の講演を聴く機会があった。冒頭その人は「最近のニュース、特にホワイトハウスからのニュースを見ると呆れるやら悲しくなるやら兎に角暗澹たる気持ちになります。」というような事を言った。

私も似たような気持ちで、暴走するトランプ大統領に対して民主党はただ手をこまねいているだけなのか。共和党にも良識派はいるのだろうが、彼等の動向がニュースにならないのは彼等が何もしていないからなのか、それともマスコミが取り上げないだけなのか。

色々不愉快なニュースが流れるなかで、特に気持ち悪くなったのはトランプ大統領が初めて開いた閣議の様子を報じたものだ。イーロン・マスクの発言にトランプが称賛の言葉を与え、続けて「反対する奴はいるか。いたらすぐここから追い出すぞ」と言うと、居並ぶ閣僚達は皆、追従の笑いを浮かべ手を叩いて賛同、いや服従の意を表した。

政治家などという職業に就く人は人一倍自尊心の強い人達なのだろうが、そんな人達が何故こうも一人の人に媚び諂うのか。中にはどこかの空港の名をトランプ空港にしようとか、ラシュモア山に彫られた4人の元大統領の彫刻の横にトランプの像を追加する事などを提案している議員もいるとか。

追従をする側の気持ちも良く分からないが、される側の気持ちも分からない。心からの称賛と崇敬なら兎も角、追従の奥には侮蔑の念も隠れている。真の尊敬か、それとも単なる追従か、その違いが判断出来ず悩んだ人の気持ちが菊池寛の「忠直卿行状記」に書かれている。この主人公は他者からの媚び諂いに我慢がならず、真意を確かめんがための悪行を重ね、ついには地位も財産も全て失うが、最後には「悪夢より覚めたらんが如く、ただすがすがしゅうこそ思い候え」との心境になっている。

2025年3月4日火曜日

生物

 学生時代の友人達と飲むといつも数学や物理が話題の中心になるのは皆理系だからだろうか。先日半年ぶりの飲み会は、この宇宙の別の天体に知的生命体がいるとしたら、彼等はどのような学問体系を築いているだろうか、という話題で盛り上がった。

物理学は恐らく我々と同じような形になっているだろう。宇宙のどこでも万有引力は働いているし、物質の成り立ちも原子核の周りを電子が回っている原子が基本で、電荷が動けば磁場が出来るというのも変わらないだろうから物理学は屹度同じはずだ。原子の存在が同じなら、メンデレーエフの周期表も同じで化学も同じ形態になっているに違いない。しかし、生物学が同じであるとは限らないだろうという事で意見が一致した。

太陽系の外にある系外惑星に生物が生存できるかどうかを判断する指標として「ハビタブルゾーン」などという言葉がある。気温・気圧はこの程度で水が固体にも液体にも気体にもなれないといけない云々。しかしこの発想は生物が全宇宙どこでも地球上にあるものと同じでなければならないという前提に基づいている。なんと貧弱な発想だろう。そもそも地球だって今は好気性生物の天下になっているが、元々は嫌気性生物しかいなかった。もし光合成などというとんでもない事を行うラン藻植物が現れなければ地球の大気の構成は今と全く違うものになっていただろう。今の地球上の生物は様々な偶然が重なった希少生物であると考えるべきだ。別の天体の生物はおそらく二重らせんのDNAなど持っていない。

さて、そうした生物は倫理を備えているのだろうか。生命と倫理に必然的なつながりはあるのだろうか。地球上ではライオンなどを見ると正義は持っていないかも知れないが愛情は持っていそうな気がする。中には正義も愛情も持っていそうにないトランプ某などという生物もいるが。

2025年2月25日火曜日

関税

 関税について詳しくは知らないのだが、トランプ大統領が勝手に決めているように行政の専権事項として設定の出来るものなのだろうか。

例えば、誰か犯罪者に対して「あいつは気に喰わないから死刑にしてしまえ」と言いたくても刑法で量刑が決まっているから勝手に重い罪を背負わすわけにはいかない。どうしてもそうしたければ国会審議の上刑法改正をしなくてはいけないはずだ。

個々の物品について細かく関税の税率が法律で決まっているとは思わないが、それでも何らかの立法上の制限があって、行政が勝手気儘に設定できないのではないかと考えるのが三権分立の思想からすると自然だと思うのだがどうか。

日本の首相とアメリカの大統領では権限に大きな違いがあるのも分かっているが、昨今の米価の高騰ぶりを見ると、なんとか首相の一言でコメの関税を下げて輸入米の流通を図って貰えないものかと思ってしまう。

新米の時期になって、しかも前年以上の豊作だったと言うのに一向にコメの値段が下がらないのは誰かが将来の値上がりを見込んで貯め込んでいるとしか考えられない。そんな投機目的で市場を歪めている不届きな輩に警告を与える意味でも、コメの輸入関税を期間限定で撤廃する、というような宣言を首相が出してくれないものだろうか。

3年前くらいだったか、近くのスーパーではオーストラリア産のコメが51200円程度で販売されていた。試しに買ってみたが味は悪くなかった。カリフォルニアに住んでいた頃は現地のコメに充分満足していたし、帰国する友人達は皆が制限一杯のコメを買い込んでいたものだ。

井上ひさし著の「コメの話」なんて本を読むと、日本のコメ農家を大切にしなければとも思うが、昨今の状況を見ると、コメの関税に一考をお願いしたいと思う次第。

2025年2月18日火曜日

国際政治

 3年続いたウクライナでの戦争は、どうやらウクライナの要求は殆ど通らない状態で終わりそうだ。アメリカから梯子を外されればウクライナも為す術はなかろうし、EUがアメリカに替わって全面的に支援を継続する事もないだろうから、ウクライナは不本意な条件を飲むしかなさそうに思える。

トランプ大統領の「これ以上死者を見るのは忍びない」というのは尤もだし、損得で考えれば戦争は一部の武器商人が儲けるだけで、損ばかりだから辞めるに越した事はないが、こんな形で終わったら戦闘で命を落とした人や、我が家を瓦礫の山にされてしまった人達の気持ちはどうなるのだろう。

今から思うと、欧米はロシアとウクライナに戦争をさせて見たかったのではないだろうか。ロシアが攻め込んだのは2015年に結ばれたミンスク合意の不履行が原因かと思うが、欧米はもっと強くウクライナに履行を求めるべきではなかったか。ひょっとしたら「いざとなれば助けるから安心しろ」というサインを出してウクライナを強気にさせていたのではないかと疑う。

実は第二次大戦の発端となったナチスドイツによるポーランド侵攻も同じような構図だったらしい。独ソ不可侵条約が締結された時、両国は秘密議定書でポーランドの分割を画した。その事をルーズベルトは知りながら、ポーランドにそれを伝えず、むしろその議定書はバルト三国に関するものだと伝え、ポーランドを安心させ、強気にさせるように仕向けた。どうしてもヒトラーを悪者にしたい英米の強硬派がポーランドを敢えて犠牲にした訳だ。

東アジアでは尖閣諸島は安保条約の範囲内だと米国に言って貰って喜んでいる国があるが、本気にして浮かれ調子に乗ったりすると後で泣きを見る事になりかねない。国際政治にお人好しはいないから。