2017年7月18日火曜日

鞘の中の名刀

好きな映画は何か、と聞かれるといつも黒澤明の「椿三十郎」と答える事にしている。小難しい理屈がある訳でもなく、深刻に何かを考えさせられる訳でもなく、エンターテインメント性十分で痛快な話が展開されるからだ。主演の三船敏郎が演じる椿三十郎はすこぶる腕の立つ剣豪で、その能力の発揮場所を探しているかのように、いつもギラギラしている。それを見た家老の奥方(入江たか子がおっとりした世間知らずの上品な奥さんを好演している)の台詞が忘れられない。「本当に良い刀はいつも鞘の中に収まっているものですよ。」
天才中学生、藤井四段を見てその台詞を思い出した。詰将棋解答選手権チャンピオン戦では並み居るトッププロを尻目に、小学生で優勝するという切れ味を持ちながら、インタビューの様子を見ると実に穏やかでおっとりしていて、どこにでもいる中学生のようだ。話す内容はとても中学生とは思えない大人びたものだが。将棋に関する著作の多い作家、大崎善生氏も朝日新聞に次のように書いている。「藤井君に会ってみて思ったのは本当にどこにでもいるような、頭のいい中学生という雰囲気だった。羽生善治や谷川浩司をはじめとした多くの天才少年を身近で見てきた私はまずそのことに拍子抜けした。(中略)そこには羽生、谷川ら多くの天才たち特有の閃きや切りつけるような感性の刃のようなものは感じない。賢い中学生。そのままの姿である。しかししばらく話しているうちに、逆にだから凄いのだと思いついた。それこそが凄みなのだ。」
藤井四段は文章もうまい。写真週刊誌に載っていた小学校の卒業文集も、将棋雑誌に掲載された羽生三冠との将棋の自戦記も、立派なものだった。字も達筆だ。この刀が抜かれた時には一体どんな輝きを放つのだろうか。

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