2019年9月17日火曜日

災害


二日前までクーラーなしでは眠れない暑さだったのに、昨夜は薄手の毛布が欲しくなる程だった。朝の寒さの中で羽織るものを手繰り寄せて暖を取る幸せは、寂しさの中で愛情と出会った喜びに似て至高のものだと思っているが、被災地はどんな様子なのだろうか。

大きな災害が起こるたびに、もし自分だったらと考えてしまう。そして自分が被害に遭わなかった事を神に感謝したくなる。四日も五日も電気が来ない生活はどんなに辛いだろう。しかもあの暑さの中で。電気や水道が当り前の生活の脆弱さを改めて思う。

一定量の雨水を溜めて置く水槽を各家が常備すればトイレの洗浄くらいには使えるだろう。各地の公民館に一つは井戸と簡単な濾過浄水設備を設けておけば最低限の生活用水が確保できるだろう。

電気に関してはかつてもう十年以上も前になるが、盛んにスマートグリッドという事が話題になったのに、今回その言葉が全く聞かれないのはどうしてか。インターネットのように仮にどこかが破断されても迂回路を経由して全体として機能するような設計も末端の破損には役に立たないのだろうか。そう言えばインターネットも二万戸で使えなくなったとか。

それにしても強風によってかくも簡単に電柱や送電用の鉄塔が倒壊するとは。高圧の送電線はともかく、各戸に配電される線は他のライフラインと共に共同溝として地下化するべきではないか。東日本大震災の時、原子力発電所の非常用電源が水没して用をなさず大惨事を招いた。あの時非常用電源を地下に置いたのは、アメリカの原子力発電所がハリケーンによる風害から守るためにそうしていたのを単純に真似たせいだと聞いた。非常用電源を丘の上に置いておけば良かったのに、そして今回は配電線を地下に置いておけば良かったのに。

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