2020年1月21日火曜日

戦争


米軍がソレイマニ司令官を殺害した時は第三次大戦でも始まるのではないかと心配したが、何とかその危機は回避できたようだ。そもそも、仮に戦争になったとして、双方にとってどうなったら「勝った」と言えるのだろうか。

日本の戦国時代の戦は基本的に土地の支配権の争いだから、「勝った」と言える状況も単純明快で、敵方が支配する土地の領主の首を取って、その臣下全員を自分の支配下に置いた時と言える。武力衝突をするまでもなく領主ごと全員が相手方の配下に入るケースもあったが。

大東亜戦争(太平洋戦争、日中戦争)の時はどうか。日本が戦争継続不能になって米国が「勝った」訳だが(中国本土で戦っていた日本兵の中には、どうして日本が負けたか不思議に思う人もいたと聞く)、もし日本が「勝った」と言えるとしたらどうなれば良かったか。例えば親日政権が治める満州国を全世界が承認して、中国本土でも親日的な汪兆銘政権が安定して人々の支持を得るような、そんな状況になれば「勝った」という事になっただろう。

さて今回、米国とイランが開戦したとして一体どうなれば「勝った」と言えるのか。イランはまさか米国本土を攻撃するわけでもあるまいし、米国にしてもハメイニ体制を倒してパーレビ国王の末裔を連れてきて再度王制を敷くなんて今更できるはずもないし、どう考えても双方が「勝った」という状況が作れないような気がする。イラク戦争だって、フセイン元大統領を処刑した所までは米軍いや多国籍軍が「勝った」ようだったが、その後の混迷を見ているとどうも違う。
いずれにしろ、米国イラン双方とも戦争になったとして、多数の若者の命の引き換えに得るものがあるとは思えない。損得勘定には特に敏感なトランプ大統領の自制を切に願う。

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