2023年6月6日火曜日

新名人

 藤井聡太新名人の誕生は谷川ファンの私としては若干淋しさの混じった複雑な気持ちで迎える事になった。というのも最年少名人という谷川十七世名人の最後の金字塔だけは何とか残って欲しかったから。それにしても見事な七番勝負だった。

新名人誕生を決めた第五局の勝利はモハメド・アリがジョージ・フォアマンを倒したキンシャサの奇跡を見るようだった。フォアマンの猛攻を耐えに耐え、その攻めが止んだ一瞬の隙をついてアリがKOを勝ち取ったように、渡辺名人の猛攻を最善の受けで凌ぎ、周りの守備駒が皆討ち死にして王様が裸の単騎で野に晒される中、相手の攻めが一息ついたその隙に歩の頭に桂馬を打ち、歩が上ずった空間に銀を打ち込むという二手のパンチで渡辺名人が投了した。

新名人が誕生した場所が藤井荘だと言うのも良く出来たシナリオだった。旅館の女将が発案し、町を挙げての誘致だったようだが、もし藤井六冠の四連勝で七番勝負が終わっていたらこの場所での名人戦は行われていなかったし、渡辺名人が二勝以上していたら決着は次の会場に持ち越されていた。ひょっとして一度負けたのはこの場所で決着をつけるための藤井六冠の深い読みだったのかとすら思えてくる。まさかそんな事はあるまい。第三局の渡辺名人の勝利は銀をタダで取らせる絶妙手の賜物だった。WBCもそうだったが、良く出来たシナリオは本当に良く出来ているものだ。

40年前谷川新名人は「一年間名人位を預からせてもらいます」と挨拶した。実際谷川の名人位は長く続かなかったが、藤井名人の時代は恐らく十年近くは続くだろう。藤井名人を相手にたまに一勝する事はあっても、番勝負で勝てる棋士がいるとは思えない。今後も感動的な名局を残してくれる事を楽しみにしている。

0 件のコメント:

コメントを投稿