過去何回藤井将棋をこのコラムで取り上げてきた事だろう。気鋭の新人として注目され始めた時、29連勝を達成した時、初タイトルを獲得した時、名人獲得の最年少記録を更新した時など、数えてみたら彼を主人公にした回だけで9回あった。その都度藤井将棋の素晴らしさを称賛してきたのだが、今回の王座戦第四局は若干趣が違った。
将棋界の全冠制覇という偉業を見届けたいと、実況放送に見入った。見始めた頃は6対4くらいで永瀬有利だったが、次第に藤井が押し返し逆に7対3で藤井優位になったかと思えば若干の緩手が出て再び永瀬優位に傾き、ついには永瀬の勝利確率99%にまでなって解説者も永瀬勝利を確信するに至った。その時たった一手の間違いで大逆転が起き、その後は素人でも分かる簡単な手順で藤井が八冠達成の勝利を手繰り寄せた。投了は丁度9時ちょっと前で、NHKのニュースは早速この勝利を速報したのだった。
最後の間違いから終局までの数手の間、自分のミスに気づいた永瀬は頭を掻きむしり、両手でゲンコツを作ったり、落ち着かない仕草を何度も見せた。一方の藤井は申し訳なさそうに下をうつむき、実に静かな手つきで着手を続けた。
この前の王座戦第三局も永瀬の勝利確率9割以上の状態からの大逆転だったが、この時は永瀬のミスというよりも、読みの深さの違いが出た結果のように思えた。藤井将棋の本領はその圧倒的な読みの深さからくる感動にあるのだから、相手のミスで勝つような勝ち方は出来ればして欲しくない。谷川将棋なら相手の勝利確率が99%になれば、自分の首を差し出し、相手のより美しい勝利を演出するような手を選んだのだろうが、藤井は「どうぞ詰まして下さい。この詰将棋解けますか」と問いかけた。内心は永瀬に解いて欲しかったに違いない。
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