2025年2月11日火曜日

MAGA

 トランプ大統領のMAGA(アメリカを再びグレートにする)という主張は、よくよく考えてみると結構意味深だ。

「再び〇〇にする」という事は、かつてそうだった事はあるが今はそうでない、と認めている事になる。ふむ、そういう自覚はある訳だ。「グレート」を我々は直訳して「偉大な」と思ってしまうが、そうすると過去にアメリカが偉大な国だった事があるのだろうか、という疑問が湧く。

「偉大な国」という言葉から連想する事は、国力(経済力・軍事力)が大きくて、その力を背景に周りの国の平和に貢献し、慈悲と徳で周りに幸せをもたらす国というイメージがあるが、そもそも欧米でかつてそんな国が一つでもあったろうか。スペイン・ポルトガルによる大航海時代が始まって以降、経済力や軍事力で他を圧倒する国はいくつかあったが、そのいずれもが行った先の国々を収奪する事に一生懸命で、凡そ徳を以て接した事などなかった。それだけならまだしも、その統治に当たっては現地の人々が相反目するような仕掛けを仕込んで、自分等が去った後も紛争が絶えないよう禍根を残した。アメリカだってベトナム戦争、アフガン戦争、イラク戦争と禍をまき散らして来たではないか。せめて思い起こすのは戦後のララ物資が日本を救った事くらいだが、これだって在米の日系人がメインの運動だったそうではないか。

「グレート」を「偉大」と訳すからいけないので、「グレート」に慈悲とか徳とかの概念はないのだ。英英辞典を引いてみると「とても大きい事」という意味が一番に書いてある。トランプの言う「グレート」は要するに「もっと金持ちの国になる」という意味なのだ。だから何かというと「カネ寄こせ」と恫喝する。

そうして見るとかつて朝貢外交という形で近隣諸国に富を分け与えた中国王朝の方がずっと偉大だったように思えてくる。

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