アラブ人はアラビア語を話してイスラム教を信じている、イスラエル人はヘブライ語を話してユダヤ教を信じている、そういう思い込みがあった。だが世の中そんなに単純なものではない事を今度のイスラエル旅行で知った。
そもそも今度の旅行の現地ガイドは国籍はイスラエルだが人種的にはアラブ人でヘブライ語を話すキリスト教徒だった。それを聞いた時は頭がこんがらがってしまった。前回キリスト教を信じるアラブ人が沢山いる事、ナザレの町の人口の多くがアラブ人である事を書いた。そうした事実を私なりに解釈すると以下のようになる。実際に確かめた訳ではないのであくまで私の推測という事にしておく。
第二次大戦が終わった時、彼の地には様々な人種の人が混在して住んでいた。アラブ人もいればユダヤ人もいた。そこにイスラエルという国が建国されたが、多くの人はそのまま同じ場所に住み続けた。そもそも彼等にとって「国」というものがどれだけ明確に意識されていたのか疑問がある。第一次大戦まではオスマントルコの支配下にあった。トルコが第一次大戦の敗戦で解体され、新しくイギリスを初めとする西欧諸国の支配下に入った。アラブの種族間の争いもあっただろう。そんな中で自分の「国」がどこか、という事に関する意識は極めて希薄だったのではないだろうか。だからイスラエルという国が出来たからといって、いままで通り住んでいればいいのだ、というのが多くのアラブ人の感覚だったのではないか。イスラエル建国によってアラブ人が一斉に難民となってヨルダン方面に流れ込んだような印象を持っていたがそれは教科書やマスコミによるミスリードであった可能性が高い。
これも旅行で現地を見なければ分からなかった事だ。旅行の醍醐味ここにあり。
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