2019年7月30日火曜日

目標と希望

参院選は与党が過半数を取って勝利した。野党の主張にはあまり新鮮味のあるものがなかったので順当な結果とも思える。またNHKの受信料に疑問を感じている人が相当数いる事が顕在化したのも興味を引いた。
ところで選挙前の政見放送で目標議席数を聞かれた時、比較的固めの数値を述べる与党党首に対して、殆どの野党党首が「全員の当選を目指す」と言っていた。おいおい、全員の当選なんて、それは希望であって目標ではないだろう、と思ったものだ。目標と希望の区別もつかないなんて、そんな事だから政権を担う事が出来ないんだ、と。
勿論、心の中ではちゃんと皮算用が出来ていて、目標もしっかり具体的に立ててあっても、それを公表するのは戦略的に出来ないことだったのだろうが。だとすると質問の仕方にもう一つ工夫が必要だったのではないか。
翻って目標とは何か、を考えてみるとどうか。どうなれば成功かどうなれば失敗か、成功と失敗の線引をどこに設定するか、が目標だと言えないか。現役の会社員の時、新しいプロジェクトが始まる度に私は「どうなれば成功か」を自問していた。それを考える事により、将来の姿がより具体的に見えて、だから今何をやれば良いのかが鮮明に浮かび上がる。
だから野党党首には目標の議席数を聞くのではなく、何議席以上だったら成功ですか、何議席以下だったら失敗ですかとか、さらに言えば何議席に到達しなかったら辞任しますか、と聞くべきだったのではないか。
選挙後の党首討論会で、野党はそれぞれの獲得議席数についてそれなりに評価をし、どの党も党首が交代するような様子はない。だとすると全ての野党が目標はクリアした事になりそうだ。いくらかでも政党交付金が出れば良い、というのが本音なのかも知れない、と言ったら怒られるだろうか。

2019年7月23日火曜日

人体

古書店で「人体のからくり」という小さな文庫本を見つけ買って読み、今までこんな事も知らずにボーッと生きてきたのかとあきれてしまった。何より大事な自分の体の事だ、義務教育段階でしっかり教えるべきではないだろうか。少なくとも被子植物だの裸子植物だのなんて事より遥かに重要だと思う。ひょっとしてこうした医学的知識を患者に持たれると医者が困るから、医師会が文部省に圧力を掛けて教えないようにしているのではなかろうかと下衆の勘ぐりまでしたくなった。
ご紹介したい事が沢山あるが、ここでは血液に関する事だけに絞って書く。
尿の元は血液である事をご存じだろうか。尿道結石をやった時知った事だが、ビールを飲んで出るオシッコも一度は血液に取り込まれた後に尿になる。心臓から送り出された血液の四分の一は腎臓に運ばれ、そこで濾過されたものが尿となって排出されている。腎臓には一分間に約一リットル、一日にすると約1.5トンの血液が送られているというから驚きだ。勿論その99%は尿にならず再吸収されて腎静脈から大静脈を経て心臓に戻っていく。
そもそも血液は体重の約十三分の一あるそうで、体重が六十五kgの人なら五リットルの血液が体内を流れている。一回の心臓の拍動で送り出される血液は七十から八十mlで、一分間に六十回から七十五回の心拍数ということは一分で五リットルの血液が送り出される。つまり血液は一分間で全量が体内を一周している事になる。ビールが尿になる速さにも納得が行く。その血液の寿命は赤血球が百日程度、白血球は二週間程度だとか、常に新しく血液を作り続けなければならない。体は生命維持のため一生懸命働いており、材料を必要としている。
食べ物の重要性を改めて思い知らされ、そして働き者の自分の体が愛おしくなった。

2019年7月16日火曜日

二千万円

老後の生活を送るのに年金以外に二千万円必要だとの試算が物議を醸した。金融庁の審議会が作った報告書を読んだわけではないが、あの報告書は年金制度を問題にしたものではなく、個人の貯金をもっと投資に誘導したいという目的の元に作られたものだと思った。
それはさておき「高齢世帯の消費額のイメージ」とやらを見てとても不思議に感じた。六十五歳以上の夫婦の場合二十四万千円、単身者の場合十五万三千円の生活費という事だが、その内訳を見ると住居費が夫婦で一万四千円、単身者だと一万九千円とある。あくまで平均値だから何とも言えないが、それにしても単身者の方が夫婦より住居費がかかるという合理的理屈があるだろうか?それに内訳の中に介護保険料とか健康保険料とか固定資産税とかいわゆる租税公課が全く含まれない。個人的な感想では支出の中で重くのしかかっているのは租税公課だというのが実感なのに。それを表に出さないのは日本が重税国家であることを隠すためなのだろうか。
さて金融庁の投資への誘導だが、それはとても危険な誘いだと思う。銀行が熱心に勧める金融商品は銀行は儲かるが預金者は必ずしも儲からないものが多いからだ。例えば仕組預金などがそうだ。為替相場が一定以上高ければ高金利だが、下がったら元本割れの可能性もある、など。この場合銀行は我々の預金を元手に「為替が高くなる」という事に賭ける。具体的にはオプションとか先物取引をする。賭けに勝てば儲かったお金を預金者に少し分けて高金利として払うが、負けた時は全部預金者が負けを負担するという仕組みだ。
コツコツ貯めた大事なお金を二千万円に増やそうとするのは良いが、投資はあくまで賭けである事を忘れてはならない。

2019年7月9日火曜日

騒動


香港の若者による議会への乱入は流石にまずいではないかと思った。中国本土への容疑者引き渡しに反対する気持ちは分かるが、ガラスを割ったり、室内の壁にスプレーで落書きしたりはいくら何でもやり過ぎだろう。貧乏性の私は「修復に一体いくら掛かるのだろう」などと心配してしまった。あまりのひどさに、ひょっとしてこれは中国本土の政府が裏で糸をひいているのではないかという疑いすら感じた。

国会への乱入というと六十年前の安保反対を思い出す。当時まだ小学校に入ったばかりの私に生の記憶はないが、ドキュメンタリー映像を見ると日本のデモ隊は国会周辺をジグザグ行進したり、国会の門をこじ開けたりはしているが、香港のような破壊行動はしていないように見える。デモ隊の中には小学生と思える小さな女の子がお母さんと一緒に何かを叫んでいる姿もある。そういえば当時小学校の校庭でオシクラマンジュウをする時意味も分からず皆が「アンポ、ハンタイ」と掛声していたのを思い出す。

その安保条約をアメリカ大統領が見直すと言い出すと、その必要性を説く声があちこちから聞こえてくる。アメリカの利益にもなっているはずだ、と。六十年前は死者まで出して反対したものなのに。

安保条約の発効を祝って来日する予定だったアイゼンハワー大統領は警備の不安から来日を中止せざるを得なかった。準備のため来日したハガティ報道官を乗せた車が群衆に囲まれて身動きが出来なくなってしまったからだ。そんな事態が起きないように、G20の大坂ではあんなに厳重な警備が敷かれたのだろう。
それに比べて板門店周辺の警備のなんと手薄だった事か。準備する時間的余裕もなかったのだろうが。一方は一応平和国家、他方は休戦中とは言え一応は戦時下の国なのに。

2019年7月2日火曜日

主戦場


「主戦場」という映画を知ったのは出演者と監督がもめているとネットで話題になっていたからであった。監督はミキ・デザキという日系アメリカ人で、撮影当時日本の大学院に通っていたデザキ氏は学術研究だとして各界の人に従軍慰安婦問題についてインタビューを申し込んだ。それがまさかこんな形で公開されるとは思わなかったと、右翼系の人達が上映停止を求めている。

映画では右翼、左翼、それぞれの論客が自説を展開している。今回は従軍慰安婦問題はひとまずおいて、映画の最後で述べられた「アメリカが始めた戦争で日本人が血を流す」と言う点について自説を述べたい。

自国を守るために軍隊が必要な事は明白だし、憲法にもそれを明記すべきだと思う。全世界に平和主義が徹底して、他国を攻撃したり侵略したりする事が一切なくなるのが理想だが、残念ながら人間はそこまで上等にはできていないようだ。軍隊は必要だが、しかしその目的はあくまで自衛に限るべきだというのが私の主張だ。自衛とは軍隊の行動範囲をあくまで自国とその領海内に限り、よその国にまで行って軍事行動をしない、という事である。軍隊が自国の国境を越えて行動するのを禁止するのが平和憲法の主眼だと思う。

海外派兵の多くが自国民の保護、自国企業の財産保全を名目に行われる。そしてそれが戦争の口実にもなって来た。だから平和憲法の重要性を訴えるなら、海外にいる自国民の保護は諦めるべきだと思う。海外に出る場合は個人であれ企業であれ自分の身は自分で守る、そしていざという時には何が何でも自力で国境の内側まで逃げてくるという覚悟が必要ではないか。そうでもしないと平和憲法は守れない。
もっとも自国内の帰宅途中の女子中学生すら守れない国もあるが。