2026年5月19日火曜日

改正か改悪か

 高市総理は自民党大会で改憲に触れ「どのような国を創り上げたいのか、その理想の姿を物語るものが憲法です。」と語ったそうだ。これを聞くと、改憲が改悪の方に傾いて行きそうに思えて心配でならない。

権力が正義とか美徳とか理想とかを語り始めたら要注意である。ナチスのユダヤ人迫害も正義の名のもとに行われた事を忘れてはならない。国の理想を語るなら政治学者や社会学者が論文を書けば良い。憲法の一番大切な機能は、権力の横暴を許さない事だ。これはその発祥のマグナ・カルタが国王の力を制限するために作られた経緯からも明らかだ。

改憲が改正か改悪かの判断基準が奈辺にあるか考えてみたい。時代の変化に合わせる、これは良いだろう。憲法9条の「戦力保持の禁止」は明らかに時代に合わない。同じ敗戦国のドイツの憲法が戦力保持を認め、ドイツに連邦軍が存在するのは、その憲法が出来たのが1949年で既に東西冷戦が本格化していた事が背景にある。日本の憲法も、もし朝鮮戦争の後に制定されていたら、今のような憲法9条にはならなかった筈だ。だから、自衛隊を明記するのは改正と言って良いと思う。

だが、今の憲法が大原則としている、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義、この三つを放棄するのは改悪だと言って憚らない。自衛隊の明記と平和主義が両立しうる事については前回述べた。自民党の改憲案は平和主義も後退させようとしているし、他の二つもないがしろにしようとしている。国家の理想のためには多少個人の自由と権利が制限されてもやむを得ないという発想は、八紘一宇のためには贅沢を我慢しろというのに似ている。

高市総理は冤罪防止のための再審制度見直しに関心が低かったそうだ。ひょっとして基本的人権に興味がないのではと心配だ。

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