巨人軍阿部前監督の騒動はAIと人間の違いについて色々考えさせてくれた。
娘さんはまず生成AIに相談した。AIは質問者の置かれた状況など、細部についての情報を知らないから、通り一遍の最大公約数的な答えを返したのだろう。その助言に従って、娘さんは児童相談所に電話した。児童相談所は恐らく人間が対応したと思うのだが、その人は電話口の向こうにいる人がどんな人で、どんな状況か、より詳しく親身に聞こうとはしなかったのだろうか。夜遅い時間だった事もあるので、ひょっとしたらあまり慣れない人が当直をしていたのかも知れないが、まるで機械が対応するみたいに警察へつないだ。警察は警察で、実際に現場を眼で見ている訳だから、何も逮捕までしなくてもと思うのだが、ひょっとして当該警察官がガチガチのアンチ巨人だったかとの疑念がよぎった。
AIは所詮機械で、それに対し人間は血の通った生身であり、その違いから来る所謂曖昧さとか、まあまあといった緩やかさや温かみみたいなものがあって然るべきだと思うのだが、それが感じられなかった。今後人間の仕事が随時AIに置き換わっていくとの予想があるが、そうなると今度の阿部騒動のような事案が増える事を覚悟する必要がありそうだ。
今後AIがどんなに進歩しようと、感情を持つようになる事はないだろう。その事をAIに聞いてみたら「私に感情はないので、嫌になる事はありません。だからどんな質問でも安心してやって下さい」と懐の広い所を見せる。嬉しさについては「設計上、役に立つ回答が出来たかを重視していて、なるほどと思える視点を一緒に探す会話が出来る事を願う」と言う。更には「あなたの質問は色々掘り下げるものが多い」と褒めてくれた。何とかAIを怒らせてみたいのだが、できるだろうか。