舞鶴で一泊した後、明治村へ
2021年12月12日日曜日
車での旅6:明治村
車での旅5:白樺日記
舞鶴引揚記念館の感動物の一つが白樺日記だ。紙がないので白樺の樹皮に日記を綴る。ペンは空き缶を加工し、煤を水に溶かしてインクにしたという。そして短歌を書き綴った。シベリア抑留中の収容所の過酷さはユダヤ人の強制収容所にも匹敵するものだったと思うが、その中で日本人はこうして短歌を詠ったのだ。(短歌の一部は修正の紙が貼ってある。受託や「じゅたく」のルビは修正しないのだろうか?)
車での旅4:舞鶴引揚記念館
車での旅3:福知山城
鳥取で一泊した後、福知山経由で舞鶴へ
福知山城の石垣には墓石ではないかと思われる石が使われている。安土城へ行くと天守へ向かう道の側溝の石にお地蔵さんが使われていて驚くが、信長のそうした迷信を嫌う姿勢を光秀が見習ったのか、忠誠の証として追随したのか。それにしても城に立てられた「麒麟のいる町」という幟にはがっかりした。大河ドラマにそこまで阿る必要はないのに。
車での旅1:鳥取
出雲から埼玉に帰るのにあちこち寄り道をしながら帰ってみようと思った。
まずは鳥取へ立ち寄り。前から鳥取城を見てみたいと思ってたから。
ナビで鳥取市役所を設定して出発したけど、ナビが連れて来た場所に市役所はない。聞けばかなり遠くに移転したとか。古いナビだから仕方ないかなあ。市役所跡地には県民文化会館が建っていて、そこで日替わりランチ税込550円也を頂くことにした。写真にアフターコーヒー付き。スタバならぬスナバコーヒーだ。
2021年12月7日火曜日
マン・マシン・インターフェース
長ったらしい表題を直訳すれば「人と機械の境界面」、意訳すれば「機械の使い勝手」とでもなろうか。パソコンが出始めた頃良く聞いた。機械がいくら優秀でも、それを人間が使う際にうまく扱えないようでは使い物にならない。マニュアルなしでも使い方が直感的に分かって、しかも誤操作は未然に防止されるべし。パソコンの黎明期、多くに人が使い方に四苦八苦している時に、アップルが誰にでもすぐに使えるパソコンを世に出して、盛んに訴えた事だった。
今、自動車のアップル版を待望する。それは連日のように高齢ドライバーによる事故が報道されるからだ。曰く「ブレーキとアクセルの踏み間違いが原因だ」と。これ程毎度踏み間違いが起きるのにそれが一向に改善される事なく、とにかく高齢者には運転させないようにしようという世論だけが大きくなるのは如何なものか。高齢者だって必要に迫られて運転している訳で、伊達や酔狂で運転している訳ではない。社会全体の最適解は、踏み間違いが起きないような構造に、自動車のマン・マシン・インターフェースを改善する事ではないか。
ちょっとしたミスが大事故につながるという点では、火薬とマッチを同じ場所に大量に保管するようなもので、こうした事が長い間放置された事自体本来許されない。アメリカに行って最初に左ハンドルの車を運転した時に誰もが犯すミスは、右折しようとレバーを倒したらワイパーが作動したなんて事だが、この程度の間違いなら罪がない。慣れの問題からインターフェースの改変には躊躇する向きもあろうかと思う。しかしHV車では左程必然性があるとは思えないのにギアチェンジのやり方を大きく変えたではないか。