そうそう、クリムトが若い頃は写実的な絵を描いていた、って知ってましたか?これがその一例。ピカソも若い頃写実的だったけど、ピカソよりクリムトの方がうまいと思いました。
2019年10月24日木曜日
絵画鑑賞
最終日ウィーンのベルベデーレ宮殿ではクリムトやシーレの絵を間近に見る事が出来ました。
ここではフラッシュを炊かない事を条件に写真撮影が許されてます。
クリムトの絵とツーショットの写真を撮るなんて日本じゃ考えられない事。もしこの絵が日本に来たら黒山の人だかりになって、「絵の前では立ち止まらないで下さい」というアナウンスが出る事必定!(もっともこの絵は門外不出だそうで、日本へ来ることは残念ながらないと思いますが)
ここではすぐそばまで行って絵の具の盛り上がりまでも見る事が出来ます。これも海外旅行の楽しみの一つ?
ここではフラッシュを炊かない事を条件に写真撮影が許されてます。
クリムトの絵とツーショットの写真を撮るなんて日本じゃ考えられない事。もしこの絵が日本に来たら黒山の人だかりになって、「絵の前では立ち止まらないで下さい」というアナウンスが出る事必定!(もっともこの絵は門外不出だそうで、日本へ来ることは残念ながらないと思いますが)
ここではすぐそばまで行って絵の具の盛り上がりまでも見る事が出来ます。これも海外旅行の楽しみの一つ?
2019年10月22日火曜日
体育の日
先日新聞でとんでもない記事に出くわした。「体育の日」が「スポーツの日」になる、というのだ。読んで思わず「バッカモーン!」と叫んでしまった。
記事を以下に要約する。
かつて十月十日だった体育の日は二十年前から十月の第二月曜日になった。それも今年限り。来年は七月二十四日(五輪開催日)が「スポーツの日」となる。日本体育協会はすでに日本スポーツ協会に改称し、国民体育大会も四年後には国民スポーツ大会になる。
同記事にはサッカーの岡田武史氏の「学校体育の中の『右向け右』と、自分で判断しなきゃいけないスポーツは別」という談話も載っている。一体いつから、どうして「体育」が悪者で「スポーツ」が正義の味方になったのか。
元々体育とは「徳育知育体育を併せ行う事を真の教育とする」という方針の下で始まった言葉だ。日本国語大事典には「身体の発達を促進し、運動能力を高めるとともに健康な生活を営む態度を養う事を目的とする教育」とある。一方のスポーツは「もともとは気晴らしにする遊戯をさしたが時代の変遷とともに競争的要素の強い技術的にも高度な運動競技をさすようになった」とあり、ランダムハウス英和辞典にも「気晴らし、暇つぶし、戯れ、冗談、愚弄」などの訳語が当てられている。
ラグビーを見ていると、試合後敵味方なく互いに敬意を表す選手達、試合中のボール処理に見せる知性、そしてフィジカルのぶつかり合いなど、まさに徳育知育体育のすべてが詰まっているように思える。
原発関係の醜聞や権力者に阿て恥じない官僚達が報じられると徳育はどうしたかと嘆きたくなるが、徳育のみならず体育までも葬り去ろうというのか。明治も百五十年を過ぎた。いい加減、盲目的な横文字礼賛は卒業したらどうか。
2019年10月18日金曜日
ウィーンの信号
ウィーンの街を歩いて歩行者用の信号に様々なデザインがある事に気づいた。
勿論日本の信号のように一人の人が歩く姿がある。
だが、どう見ても男が二人手をつないで歩いているのや、女が二人手をつないで歩いているのがある。
オーストリアではLGBTの権利を認める動きが盛んで、ゲイやレズの結婚を制度的に認めるようになり、その流れとして信号にも彼等を受け入れるべくデザインが追加されたとの事だった。勿論、ストレートもある。
(これからは僕の独り言。でもなあ。LGBTを差別するのは絶対いけないと僕も思う。だけどそれを大手を振って、威張ったように権利を主張するのはいかがなものかと思ってしまう。例えば僕が病気になったとする。僕は家族に申し訳ないという気持ちで、「ゴメン、ゴメン」と言いながら、でも一生懸命介護してくれる家族に感謝するだろう。もし僕が威張りだして「俺は病気なんだから、お前たち、三食を二食にしても俺の介護費用を捻りだせ」と主張したらどうだろうか。LGBTが声高に権利を主張するのはなんだかそれに似ているような気がしてしまう。・・・いやいやそんな事を言っちゃいけないよね)
勿論日本の信号のように一人の人が歩く姿がある。
だが、どう見ても男が二人手をつないで歩いているのや、女が二人手をつないで歩いているのがある。
オーストリアではLGBTの権利を認める動きが盛んで、ゲイやレズの結婚を制度的に認めるようになり、その流れとして信号にも彼等を受け入れるべくデザインが追加されたとの事だった。勿論、ストレートもある。
(これからは僕の独り言。でもなあ。LGBTを差別するのは絶対いけないと僕も思う。だけどそれを大手を振って、威張ったように権利を主張するのはいかがなものかと思ってしまう。例えば僕が病気になったとする。僕は家族に申し訳ないという気持ちで、「ゴメン、ゴメン」と言いながら、でも一生懸命介護してくれる家族に感謝するだろう。もし僕が威張りだして「俺は病気なんだから、お前たち、三食を二食にしても俺の介護費用を捻りだせ」と主張したらどうだろうか。LGBTが声高に権利を主張するのはなんだかそれに似ているような気がしてしまう。・・・いやいやそんな事を言っちゃいけないよね)
ウィーン ホテル
ウィーンへ着いた。ホテルから外を見ると満月ではないが相応に大きい月が見える。
異国で月を見ると阿倍仲麻呂を思い出して「三笠の山に出し月かも」と感嘆する。
ロビーには現地時間のほかにニューヨークと東京の時間が表示されていた。嬉しかった。
その内に東京は北京にとって変わられるだろうが。
(翌朝、バイキングの会場では中国語が飛び交っていた。しかも彼らは若い!日本人は年寄りばかり。この差は一体何だ!!)
異国で月を見ると阿倍仲麻呂を思い出して「三笠の山に出し月かも」と感嘆する。
ロビーには現地時間のほかにニューヨークと東京の時間が表示されていた。嬉しかった。
その内に東京は北京にとって変わられるだろうが。
(翌朝、バイキングの会場では中国語が飛び交っていた。しかも彼らは若い!日本人は年寄りばかり。この差は一体何だ!!)
2019年10月15日火曜日
台風その後
十三日未明、雨戸を開けると南の空に満月が煌々とかかっていた。有難い事に今回も大きな被害を受けることなく台風は過ぎ去ったようだ。
台風19号、915hPaというとんでもない強さに風の被害を恐れた。しかもその予想ルートはかつて昭和二十二年に関東地方に大きな被害をもたらしたカスリーン台風と良く似たコースをたどっている。カスリーン台風の時は利根川の堤防が決壊し、我家の周りの電柱にはその時の水位を表示する赤いテープが巻いてある。気象庁はこれまでに経験した事のないような大雨への警戒を呼び掛けているし、しかし利根川が決壊でもしようものならもはやお手上げ、なすすべはないと思われた。
それでも最低限の準備として、ありったけのペットボトルに飲み水を入れ、浴槽には水を張り、スマホやパソコンを予備電源も含めてフル充電し、ガソリンを満タンにして非常食として缶詰やカップ麺を買い込んできた。スーパーの棚で残りまばらになっているのを見ると、つい必要以上にカップ麺を買ってしまう。
それにしても十月に入ってから何度か買い物をしているが、いまだキャッシュレスによるポイント還元の恩恵に与っていないが、どうしてだろう。イオンやヨーカドーなど全国区の大企業は対象外で仕方ないが、左程メジャーではないと思われるスーパーで最近クレジットカードの受付を始めた店でもポイント還元がない。何のためのカード導入だったのか。
ポイント還元のためには一日平均八億円の税金が使われているとか。その恩恵を受けている人も沢山いるんだろうなあ。
夜が明けて各地の被害状況が明らかになってきた。食卓の上で山盛りになっているカップ麺を見ながらため息をつく幸せに感謝しなければと思った。
2019年10月11日金曜日
台風
昭和22年のカスリン台風、今回の台風19号と進路が似ているのが気になる。大きな被害が出なければ良いが。
利根川には決壊(潰の字が本来?これはつぶす、つぶれるという意味があるらしい。胃潰瘍が胃の一部がつぶれちゃうんだね)した場所には記念碑が立っている。とおく筑波山が見えるのが分かるかな?
ちなみに利根川水系には根利川って川があるんだね。群馬県の奥の方らしい。それにしても紛らわしい。
利根川には決壊(潰の字が本来?これはつぶす、つぶれるという意味があるらしい。胃潰瘍が胃の一部がつぶれちゃうんだね)した場所には記念碑が立っている。とおく筑波山が見えるのが分かるかな?
ちなみに利根川水系には根利川って川があるんだね。群馬県の奥の方らしい。それにしても紛らわしい。
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