2019年8月6日火曜日

イラン


テヘランやイスファハーンなどイランには是非一度行ってみたい都市がある。一年程前、イランを巡るパック旅行があったので申し込んでみた。だが、その時はまだイスラエルへ行って間もない頃で、一年以内にイスラエルへの渡航履歴がある人は入国を拒否される可能性が高いとの事で諦めざるを得なかった。少し時を置いて申し込もうと思ったが、昨今いくら探してもイランへ行くパック旅行は見当たらない。

こうなったのもトランプ大統領が変ないちゃもんをつけ出したからだ。それまで核合意の元、平穏だったのに昨今急にきな臭くなってきた。有志連合なんて言葉も飛び交っているが、日本政府には武力行使につながる事態は絶対に避けて欲しい。

そもそも日本はイランの友好国だ。イギリスやアメリカとは立場が違う。首脳同士の話し合いも出来るのだから、是非外交努力で局面の打開を図って欲しいものだ。憲法第九条も「国際紛争を解決する手段として戦争、武力による威嚇、武力の行使は永久に放棄する。」と明記しているではないか。

実は日本がこうした憲法を持っている事を外国の人は殆ど知らない。それは日本人がアメリカやドイツの憲法を知らないのと同じだ。湾岸戦争の時、日本はお金は出したが人的貢献をしなかったと国際的非難を浴びた。スタンフォード大学で知り合ったフランス人留学生も同じだったが、私が「日本は憲法が禁じているから派兵は出来ないのだ」と説明すると驚いたような様子で納得した。
日本は、日本人は、平和憲法があるから国外での武力行使が出来ないという事をもっと世界に知らしめるべきだ。そしてお宅の国も世界平和のため自国外での武力行使を放棄しませんか、と。核拡散防止条約には反対する日本だが、平和憲法拡散に一役買ったらどうだろうか。

2019年8月5日月曜日

県境の不思議(続き2)


現地にはこんな看板が。かつてここが川の合流地点だったのだ。でも測量技術も未熟だったろうに、よく場所が特定できたものだと感心する。

県境の不思議(続き)

現地はこんな感じ。一体どういう経緯でここが県境になったのか?不思議、不思議。

県境の不思議

県境とは川や山の峰等ばかりだと思っていた。しかし、埼玉、栃木、群馬の県境は田んぼのど真ん中にある。しかも県境の線自体が摩訶不思議ではないか。

2019年7月30日火曜日

目標と希望

参院選は与党が過半数を取って勝利した。野党の主張にはあまり新鮮味のあるものがなかったので順当な結果とも思える。またNHKの受信料に疑問を感じている人が相当数いる事が顕在化したのも興味を引いた。
ところで選挙前の政見放送で目標議席数を聞かれた時、比較的固めの数値を述べる与党党首に対して、殆どの野党党首が「全員の当選を目指す」と言っていた。おいおい、全員の当選なんて、それは希望であって目標ではないだろう、と思ったものだ。目標と希望の区別もつかないなんて、そんな事だから政権を担う事が出来ないんだ、と。
勿論、心の中ではちゃんと皮算用が出来ていて、目標もしっかり具体的に立ててあっても、それを公表するのは戦略的に出来ないことだったのだろうが。だとすると質問の仕方にもう一つ工夫が必要だったのではないか。
翻って目標とは何か、を考えてみるとどうか。どうなれば成功かどうなれば失敗か、成功と失敗の線引をどこに設定するか、が目標だと言えないか。現役の会社員の時、新しいプロジェクトが始まる度に私は「どうなれば成功か」を自問していた。それを考える事により、将来の姿がより具体的に見えて、だから今何をやれば良いのかが鮮明に浮かび上がる。
だから野党党首には目標の議席数を聞くのではなく、何議席以上だったら成功ですか、何議席以下だったら失敗ですかとか、さらに言えば何議席に到達しなかったら辞任しますか、と聞くべきだったのではないか。
選挙後の党首討論会で、野党はそれぞれの獲得議席数についてそれなりに評価をし、どの党も党首が交代するような様子はない。だとすると全ての野党が目標はクリアした事になりそうだ。いくらかでも政党交付金が出れば良い、というのが本音なのかも知れない、と言ったら怒られるだろうか。

2019年7月23日火曜日

人体

古書店で「人体のからくり」という小さな文庫本を見つけ買って読み、今までこんな事も知らずにボーッと生きてきたのかとあきれてしまった。何より大事な自分の体の事だ、義務教育段階でしっかり教えるべきではないだろうか。少なくとも被子植物だの裸子植物だのなんて事より遥かに重要だと思う。ひょっとしてこうした医学的知識を患者に持たれると医者が困るから、医師会が文部省に圧力を掛けて教えないようにしているのではなかろうかと下衆の勘ぐりまでしたくなった。
ご紹介したい事が沢山あるが、ここでは血液に関する事だけに絞って書く。
尿の元は血液である事をご存じだろうか。尿道結石をやった時知った事だが、ビールを飲んで出るオシッコも一度は血液に取り込まれた後に尿になる。心臓から送り出された血液の四分の一は腎臓に運ばれ、そこで濾過されたものが尿となって排出されている。腎臓には一分間に約一リットル、一日にすると約1.5トンの血液が送られているというから驚きだ。勿論その99%は尿にならず再吸収されて腎静脈から大静脈を経て心臓に戻っていく。
そもそも血液は体重の約十三分の一あるそうで、体重が六十五kgの人なら五リットルの血液が体内を流れている。一回の心臓の拍動で送り出される血液は七十から八十mlで、一分間に六十回から七十五回の心拍数ということは一分で五リットルの血液が送り出される。つまり血液は一分間で全量が体内を一周している事になる。ビールが尿になる速さにも納得が行く。その血液の寿命は赤血球が百日程度、白血球は二週間程度だとか、常に新しく血液を作り続けなければならない。体は生命維持のため一生懸命働いており、材料を必要としている。
食べ物の重要性を改めて思い知らされ、そして働き者の自分の体が愛おしくなった。

2019年7月16日火曜日

二千万円

老後の生活を送るのに年金以外に二千万円必要だとの試算が物議を醸した。金融庁の審議会が作った報告書を読んだわけではないが、あの報告書は年金制度を問題にしたものではなく、個人の貯金をもっと投資に誘導したいという目的の元に作られたものだと思った。
それはさておき「高齢世帯の消費額のイメージ」とやらを見てとても不思議に感じた。六十五歳以上の夫婦の場合二十四万千円、単身者の場合十五万三千円の生活費という事だが、その内訳を見ると住居費が夫婦で一万四千円、単身者だと一万九千円とある。あくまで平均値だから何とも言えないが、それにしても単身者の方が夫婦より住居費がかかるという合理的理屈があるだろうか?それに内訳の中に介護保険料とか健康保険料とか固定資産税とかいわゆる租税公課が全く含まれない。個人的な感想では支出の中で重くのしかかっているのは租税公課だというのが実感なのに。それを表に出さないのは日本が重税国家であることを隠すためなのだろうか。
さて金融庁の投資への誘導だが、それはとても危険な誘いだと思う。銀行が熱心に勧める金融商品は銀行は儲かるが預金者は必ずしも儲からないものが多いからだ。例えば仕組預金などがそうだ。為替相場が一定以上高ければ高金利だが、下がったら元本割れの可能性もある、など。この場合銀行は我々の預金を元手に「為替が高くなる」という事に賭ける。具体的にはオプションとか先物取引をする。賭けに勝てば儲かったお金を預金者に少し分けて高金利として払うが、負けた時は全部預金者が負けを負担するという仕組みだ。
コツコツ貯めた大事なお金を二千万円に増やそうとするのは良いが、投資はあくまで賭けである事を忘れてはならない。