2019年2月19日火曜日

親と子


結愛ちゃんと心愛ちゃん、「愛」の文字を名前に持つ二人の少女が命を落とした。それも親からの虐待が原因で。愛と言えば親から子への愛こそもっとも確かなもののはずだ。結愛ちゃんの場合は再婚相手の連れ子だったという事情あろうが、心愛ちゃんを虐待したのは血を分けた実の父親だ。顔も良く似たところのある実の子に真冬の寒い夜に冷水シャワーを浴びせるなんて、どうすればそんな事ができるのだろうか。精神を病んでいたというのならともかく、転校先の校長の印象は「腰が低く、物言いも丁寧な保護者だった」、そして職場では温厚だったとか。もう訳が分からない。

警察は不作為を理由に母親も逮捕した。心愛ちゃんには一歳の妹がいると聞く。両親がいなくなりその子はどうしているのだろう。警察が親子の情を無視して、家庭の不和にそこまで踏み込んでもいいものだろうか。

親が子を思う気持ちは何よりも尊いものだと信じていたい。

池江璃花子選手の白血病のニュースにはただただ驚いた。そして思ったのは池江選手の御両親の事だった。容姿端麗性格明朗、非の打処のない文字通り世界一の自慢の娘が命をも危ぶまれる大病に罹患したら、おそらく本人以上に目の前が真っ暗になっただろう。それが親子というものだ。池江選手の回復を心から願ってやまない。
週刊文春最新号の池上彰氏の記事を見た。ベネズエラのインフレを取り上げて一千万%のインフレとは百円が十億円になる事だと書いてあった。百円が十億円になるのは一千万倍になる事だ。「%」と「倍」を同一に考えている。それは間違いではないか。ちょっと自信がなくなったが百%増は百倍とは違うので、先週の私の解釈が正しいはずだ。池上氏でも間違えるのだから大きい数字の%表記はやめた方が良いと改めて思った。

2019年2月12日火曜日

パーセント


「パーセント」(以下%)の「パー」は「・・・につき」で「セント」は「百」だから、直訳すれば「百につき」の意味になる。釈迦に説法だが、消費税八%とは百円の消費につき八円の消費税、日銀が目指す二%のインフレ率とは物価を対前年比で百円につき二円上げたいという事だ。%の数字も一桁程度なら直感的に理解できるのだが・・・。

政治的混乱が続く南米のベネズエラではインフレ率が170万%になったという。百%上昇なら二倍になる事だし、二百%上昇なら三倍になる事だ。要するにX%上昇とは「1+X/100」倍になる事を意味するから、これに当てはめるとベネズエラの物価は一年間で17001倍になったという事なのだろうか。おそらく最後の1は誤差範囲だろうから、凡そ一万七千倍になったと言う事なのだろう。

「率」という言葉を使うから「パーセント」という目盛りで表現したいのだろうが、ここまで来ると表現方法を見直した方が良いではないか。第一次世界大戦後のドイツのインフレでは物価が384億倍になったとも1兆倍になったとも言われる。もし1兆倍ならパーセントに拘れば百兆%のインフレだった、という事になる。パーセント表示に拘るのは数字を大きくして驚かせたいという意図でもあるのだろうか。
昔は五%程度あった普通預金の金利も最近は0.001%などと馬鹿にしたような数字になっている。こうなると百を基準にしても直感的に理解できないので、一円の利子を貰うために十万円の預金が必要だと考えた方が分かりやすい。一千万円の預金があっても一回の引落とし手数料(百円)で利子は飛んでしまう。こちらのパーセント表示は兎にも角にもちゃんと利子をつけてますよというアリバイに使われているような気がする。

2019年2月5日火曜日

化粧


全豪オープンで見せた大坂なおみ選手の強さは素晴らしかった。決勝で第二セットを奪われた後巻き返した強さは本物だ。男子決勝のジョコビッチも強かった。あのナダルを相手につけ入る隙を見せなかった。去年の全米の決勝も強かった。デルポトロも決して調子が悪いわけではなかったのに、その強打をことごとく打ち返したあの粘りを見ると、今やジョコビッチに敵なしと思われた。もうジョコビッチに勝てるのは大坂なおみしかいない!

その大坂選手だが、優勝後モダンデザインを思わせるワンピースを着て浜辺を歩く姿が放映された。大きなイヤリングをつけ、真っ赤な口紅を塗っている。化粧が過大ではないかと思ってしまった。当然ちゃんとしたスタイリストがついての事だろうから世間一般的にはそれが美しい姿なのだろうが、私からするとテニスをしている時の大坂選手の方がずっと素敵に見える。

「化粧」という言葉、明治以後の新しい言葉かと思ったが平安時代からあるらしい。そもそも化粧そのものが紀元前四千年頃すでにエジプトにはあったそうだ。美容院や香料工場があり、アイシャドー、頬紅なども揃っていたとか。クレオパトラは「眉毛と睫毛に墨を塗り、上瞼には暗青色を、下瞼にはナイルグリーンを使っていた」とある。クレオパトラの場合は政略的な必要性もあったろうが、過度な化粧には違和感を覚える。スキージャンプの髙梨沙羅選手の場合もそうだった。純情可憐な少女のイメージが厚い化粧で崩れてしまった時には本当にがっかりした。
必要以上の化粧は刺青にも似て、元の体を傷つけるに等しいのではないか。「身体髪膚これを父母に受く敢えて毀傷せざるは孝の始めなり」西安の碑林博物館で目にしたこの言葉の「膚」にはそういう意味合いもありそうだ。

2019年1月29日火曜日

八百長


大坂選手の全豪優勝は新女王誕生を思わせる見事なものだった。そんな時にこの話題、水を差すようで申し訳ないがお許し願いたい。
全豪オープンでは初めてテニスの試合で両者の勝敗予想が表示されるのを見た。それも試合開始前のものと共に、試合の経過に従って刻々と変わっていく。
こうした予想がデータ化される裏には賭けが行われている事を想像させる。事実111日の読売新聞の社会面には「テニス八百長83人拘束」という記事が載った。記事によると男子ツアーの中でも格付けの低い試合で八百長や賭博行為が行われていたという。八百長は賞金額の低い下部大会で横行していたというから、なくす名声のない選手が賞金と裏金を天秤に掛けていたと見るべきか。
それにしてもテニスで八百長をやられたらそれを見破るのは至難の業だ。真剣に戦っている試合でもミスショットはある。それを大事なポイントで意図的にやられたらそれが八百長だと気付く人はほとんどいないだろう。
囲碁や将棋も(そんな事は絶対ないと思うが)もし八百長をやられたら素人にそれを見破る事は不可能だ。
相撲では八百長を疑う時がたまにある。地方巡業で行われるものでは特にそうだ。相撲で上手に八百長をやるのは演技力が必要で結構難しいと思う。
八百長である事が分かっていて楽しむものがある。プロレスがそうだ。いやプロレスはスポーツではなく、一種の演劇と言うべきだろう。豊登が悪役に反則技で苦しめられ、満を持して力道山が空手チョップを繰り出すのは、水戸黄門が葵の紋の入った印籠を見せて悪代官をやっつけるのと同じ趣向だ。
そう思うと演劇は筋書き通りに行われるという点で基本的にすべて八百長だとも言える。歴史の面白いのは八百長がなく全てが真剣勝負だから、かも知れない。

2019年1月22日火曜日

年賀状


年賀状の整理を終えた。手元にある住所録の連絡先に変化がないかを確認するのが第一の目的だ。

住所録には年賀状に関して、出してそして来た、出したが来たのは遅かった、出したけど来なかった、出さなかったが来た、出さないし来なかった、喪中欠礼の知らせが来た、を十八年前から記録してある。出したけど来なかった、が二年続く人がたまにいる。今年も一人そういう人がいた。住所が違っていたなら葉書が返ってくるはずだ。その人の身に何か大きな変化があったのではと気にかかる。

年賀状の整理をしながら、その存在意義について考えた。ここ数年間一度も会った事のない人から「旧年中はいろいろお世話になりました」などと書いてあるとちょっと複雑な気持ちになる。年賀状とはお世話になったお礼として出すものなのだろうか。それもあろうがそれ以上に、しばらく会ってないけどいつかどこかで会ったらよろしくね、という思いを込めて、当方の連絡先や近況を知らせるのが目的なのだと理解している。だから何よりもまず連絡先を書くのが大切だと思う。

連絡先と言えばまず住所だろう。明治に郵便制度が始まってから五十年前まではこれが唯一の連絡方法だった。五十年前頃から電話が一般に普及し、最近はインターネットのメールや携帯電話も一般化した。そうした連絡先を書くべきだと思うのだが、今でも住所しか書いてない人がいるのは残念だ。
そして連絡方法がこれだけ多様化したのだから、年賀状も葉書という形態に拘る必要はないと思うのだが、この考えはまだ一般化していないようだ。もっと言えば年賀状が来ないというのも一種のメッセージだとも言える。もう会う可能性はないよね、というメッセージ。それは本人の意思かもしれないし、天に召した神の意思かもしれないし。

2019年1月15日火曜日

正月

年末から年明けにかけて関東地方では良い天気が続いている。時々風が強かったり、寒い日もあるが、雨の日は一度もなく、降雨ゼロの日数の記録を更新する勢いらしい。私の六十数回の正月の中で今年は最も穏やかな年の一つに数えて良さそうだ。
振り返って過去の正月を思うと、一番辛かったのは社会人になって二・三年目、年末に自然気胸を患い、入院中に迎えた正月だった。発症したのは確か十二月の二十三日前後だったと思う。朝、独身寮から外に出て冷たい外気を吸ったとたんに胸を襲った激痛を忘れる事は出来ない。病院に行って「肺に穴が開いている」と言われた時の驚きは大変なものだった。ああ、短い人生が終わるのかと覚悟を決めた。医師は即入院を勧めたが、上司の配慮で身寄りのない勤務地の大阪で入院するより島根に帰ったらどうか、と帰郷を許された。
出雲に帰って、馴染みの医者に診てもらい、肺が破れたとは言え左程重篤な病気ではないらしい事を知って一安心した。松江の病院を紹介してもらい、入院する事になった訳だが、病状もだいぶ良くなり、正月三箇日は家に帰る事を許された。配慮に感謝したが、今から思えば病院も正月休みで人手が手薄になるし、症状の軽い患者はいない方が好都合だったのだろう。
それを思い出して何故かカルロス・ゴーン氏の事を思った。検察は正月も休みなしに捜査や尋問を行うのだろうか。検察官だって人間なら正月気分を味わいたいだろう。もし彼らが雑煮やお屠蘇で団欒しているのに、ゴーン氏だけが獄舎につながれているとしたら、自業自得とは言え何か可哀そうになってしまう。
三箇日が過ぎて病院に戻った私はやたら眠りこけた事を覚えている。たった三日の娑婆だったが入院中の身にはそれ程の喧噪だったのだ。

2019年1月8日火曜日

IWC

明けましておめでとうございます。今年も当新聞・当コラムをご愛顧の程宜しくお願い申し上げます。
年末日本がIWCを脱退するというニュースがあった。私は「よくやった!」と喝さいを上げた。「阿刀田高のサミング・アップ」という新潮文庫の中の「作家の眼・国際捕鯨会議に出席して」を読んでそのひどい実態を知ったからである。シーシェパードなどという団体への嫌悪もある。
アメリカもかつて捕鯨国だった。そもそもペリーが開国を迫ったのも捕鯨船の燃料と食料の補給が目的だった。彼等と日本の違いは、日本が鯨の肉も油も全てを利用するのに対し、彼等は油だけが目的で肉は捨てていた事だ。全てを利用しようとする国と、一部のみの利用で他の大部分を捨ててしまう国とどちらが資源を大切にするだろうか。化学の進歩により鯨油が不要になると彼等は反捕鯨に転じた。この経緯はアメリカ大陸に生存したバイソンを想起させる。ネイティブアメリカンは肉・皮など全てを利用したのに対し、後からやってきた白人は毛皮だけが目的で乱獲し、バイソンは絶滅の危惧に瀕した。その悪夢が彼等の頭にあるのならこう言ってあげよう。日本人は欲に目がくらんで大事な資源を絶滅させ自分の首を絞めるような馬鹿ではない、と。
日本が鯨の種類別の繁殖能力も考慮に入れた捕鯨計画を作成しても、鯨の種類すら知らないような小さな国が、まともに議論にも応じず、挙句の果てには飛行機が間に合わないからと出席もせずに委任状を送って反対に回る、などという事も行われているらしい。
阿刀田氏の文章は三十年も前の話で、団体名も今はIWC(国際捕鯨委員会)となっているので、もしかしたら事態は改善しているかも知れない。もしそうなら是非実態を報じて欲しいものだ。